中小企業の組織再編のポイント
~会社分割をお題に~(業界誌寄稿文をアレンジ)
1 はじめに
組織再編業務に関わるのは楽しい。関係者がノウハウを持ち寄って協働し、会社法・商業登記法のみならず、民法・労働法・各種業法など多種多様な課題をクリアしながら、ヒト・モノ・カネが一斉に動いていく…こうした戦略的なプロセスに魅力を感じる。複数の再編手法を同時連続的に行う場合はなおさらである。
再編手法の代表的なものとして合併、会社分割、株式交換、株式移転の4つがあげられるところ、再編スキームには会社分割が組み込まれることが多い。事業譲渡と合併の美味しいところをブレンドしたようで、実務的に使い勝手がよいためである。
再編業務に対する司法書士のスタンスは大きく①登記だけ、②登記を含めた全般コーディネート(他士業マターの部分は除く)の2つに大別できるのではないだろうか?
筆者は②の現場に比較的多く恵まれたため、そこで得られた知見を、身近な「非公開の中小企業が会社分割」をモデルケースとして、チェックリスト風に報告していきたい。
2 中小企業の会社分割事例
会社分割は、他の再編手法との比較検討の上で用いられることが多い。メリットとして特に、①事業譲渡とは異なり「集団的な」処理ができる、②合併とは異なり「一部」だけを切り出しての「包括的な」承継ができる、③税制適格要件を満たせば課税が繰り延べられる、の3点があげられよう。具体的事例としては、たとえば、①遊園地・ホテル業が、前者を長男に、後者を次男に承継させるために同時分割(事業の分割。事業承継)、②ゴルフ場が、事業用資産を保全し、将来の売却に備えるため分割(資産の株式化。企業再生)、③芸能プロダクションが、飲食部門を新設分割し、当該新会社株式を第三者に譲渡(事業の株式化。М&A)、④アパレル業が、製販分離と地域事業部制移行のため分割(経営組織の再編成。事業再編)、⑤高収益企業が、自社株評価の引き下げのため収益部門を分割(自社株対策。相続(税)対策)のようなものがある。
3 実務的なポイント
詳細は専門書に譲るとして、ここでは手がかり的な要素、概要をまとめておきたい。
(1)スケジュール
まずは債権者保護手続の要否である。吸収分割でいえば、分割会社は省略の余地がある一方、承継会社はマストのため、官報での分割公告にかかる期間を考慮に入れる。期間は①入稿~掲載にかかる日数、②掲載~分割効力発生まで1ヶ月以上、の2つで構成され、合わせると2ヶ月前後を要する。①は時季やカレンダーの日取りによって異なるため、掲載代理店に事前確認しておくのが堅実であろう。
また、分割公告の前提としてBS公告を要するところ、その方法も官報である場合、掲載のタイミングは①分割公告に先立って、②分割公告と同時、の2パターンある。日程に余裕があれば①をお勧めしたい。②はスケジュール短縮につながる一方、個別催告書においてもBSそのものを記載する必要があるため、当事者としては敬遠したいところである。
(2)債権者
個別催告をなすべき「知れている債権者」の範囲が議論になることが多い。明確な定義付けがなくケースバイケースというほかないが、さりとて全債権者を対象とするには負担が大きすぎるため、「当該債権者を害するおそれがない」かどうか、を目安とした線引きは検討に値する。例えば、財務状況に応じて「債権額〇円未満の先には省略」といった具合である。一方、外せないものとしては金融機関(後述)、リース会社など、顧客管理をしっかり行っているであろう先があげられる。こうした線引きも難しければ、W公告も検討する。
(3)金融機関
まず取引契約上「組織再編を行う場合は事前通知すべき」旨の義務が課せられていることが多い。このため特に分割会社においては、たとえ債権者保護手続が省略できる状況(債務承継なし・重畳的債務引受など)であってもコンタクトの必要に迫られることになる。
債務の承継については、同意を得ることなく「包括的な承継」とはスンナリいかない場合がある。金融機関との関係が良好ならさておき、逆の場合は苦労することが多い。承継を認める条件として追加の保証人や担保を要求されたり、中には債務承継そのものに難色を示される・拒否されるケースもみられる。この帰趨は当事者の信用や財務と密接に関わるところなので、債務承継の実現可能性については、「包括承継だから問題なかろう」と見切り発車せず、事前に十分に検討する必要があろう。なお、事後手続として、(根)抵当権変更の論点も忘れないようにしたい。
(4)行政許認可
先に会社分割の効果として「包括的な承継」をあげたが、この重大な例外として、各種業法(行政許認可)によっては「全てが・当然に」とはいかない場合がある。例えば建設業の場合、そもそも許可を承継できない。この制約下でもなお吸収分割で建設業を承継させたい場合は、許可が途切れないよう、承継会社において「事前に・新規の」建設業許可を取得しておく必要がある。その要件を満たすため、さらに事前に取締役や技術者の移籍を要することもあろう。新設分割にいたっては、ほぼ必然的に許可が途切れてしまうので極力回避したい。なぜなら、新会社の設立登記後でないと、建設業許可申請に進めないからである。この他、承継には事前手続を要するもの(例:旅館業)、事後届出で足りるもの(例:飲食店業)など様々な類型がある。これら行政許認可の扱いは多種多様で、第一に当事者マターの確認事項ではあるが、司法書士からも注意喚起しておくとよいであろう。
(5)税務・会計
税制適格要件や会社計算規則の具体的適用は税理士や公認会計士マターの話として、司法書士に直接関わるのは増資・減資の要否である。特に減資を要する場合は、再編手続とは別途(併行的)に行う必要があるため注意したい。一例として(要否は分かれるが)分割型分割、派生的なものとして、欠損填補や均等割り減の必要がある場合があげられる。
(6)雇用契約
労働者を移籍(雇用契約の承継)させるにあたっては、特別法(会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働契約承継法))が存在する。労働者保護を目的として、労働者サイドへの通知や協議、異議権の付与が骨格の制度である。また、移籍後は労働保険や社会保険の異動手続はもちろんのこと、当該労働者にかかる任意保険や共済の承継も漏らさないようにしたい。
(7)株主
株主総会決議は問題ない状況でも、反対株主の株式買取請求権についてはぜひ注意喚起してあげてほしい。もし発動されてしまうと、多大なキャッシュアウトが発生する伴うリスクがある。これに考慮した結果、組織再編そのものを取りやめることすらある位、当事者にとってシビアな問題といってよい。
以上、紙幅の都合で概要に留まるが、何かしら一つでもヒントを見出して頂ければ幸いに思う。